大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)17号 判決

上告人

石井正晴

右訴訟代理人

田中正司

原誠

被上告人

亡石井正次遺言執行者

関口忠蔵

右訴訟代理人

安部正一

主文

本件上告を棄却する。

原判決主文に「被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求はいずれもこれを棄却する。」とあるのを「被控訴人の本訴請求中遺言無効確認請求及び控訴人の反訴請求はいずれもこれを棄却する。被控訴人の本訴請求中所有権移転仮登記抹消登記手続請求について訴を却下する。」と更正する。上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中正司、同原誠の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第二点について

遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し(民法一〇一二条)、遺贈の目的不動産につき相続人により相続登記が経由されている場合には、右相続人に対し右登記の抹消登記手続を求める訴を提起することができるのであり、また遺言執行者がある場合に、相続人は相続財産について処分権を失い、右処分権は遺言執行者に帰属するので(民法一〇一三条、一〇一二条)、受遺者が遺贈義務の履行を求めて訴を提起するときは遺言執行者を相続人の訴訟担当者として被告とすべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一〇二三号、同四三年五月三一日第二小法廷判決・民集二二巻五号一一三七頁)。更に、相続人は遺言執行者を被告として、遺言の無効を主張し、相続財産について自己が持分権を有することの確認を求める訴を提起することができるのである(最高裁昭和二九年(オ)第八七五号、同三一年九月一八日第三小法廷判決・民集一〇巻九号一一六〇頁)。右のように、遺言執行者は、遺言に関し、受遺者あるいは相続人のため、自己の名において、原告あるいは被告となるのであるが、以上の各場合と異なり、遺贈の目的不動産につき遺言の執行としてすでに受遺者宛に遺贈による所有権移転登記あるいは所有権移転仮登記がなされているときに相続人が右登記の抹消登記手続を求める場合においては、相続人は、遺言執行者ではなく、受遺者を被告として訴を提起すべきであると解するのが相当である。けだし、かかる場合、遺言執行者において、受遺者のため相続人の抹消登記手続請求を争い、その登記の保持につとめることは、遺言の執行に関係ないことではないが、それ自体遺言の執行ではないし、一旦遺言の執行として受遺者宛に登記が経由された後は、右登記についての権利義務はひとり受遺者に帰属し、遺言執行者が右登記について権利義務を有すると解することはできないからである。右と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。そして、右のように受遺者を被告とすべきときに遺言執行者を被告として提起された訴は不適法としてこれを却下すべきであるところ、原判示によれば原判決も右と同旨であることが明らかである。そうすると、原判決主文中被控訴人の本訴請求はこれを棄却するとした部分は、明白な誤記であるから、本訴請求中、遺言無効確認請求はこれを棄却し、所有権移転仮登記抹消登記手続請求については訴を却下することとし、主文二項のとおり、更正する。

右のとおりであるから、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法一九四条、四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本林譲 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊 栗本一夫)

上告代理人田中正司、同原誠の上告理由

上告理由第一点〈略〉

上告理由第二点

一、原判決は上告人の仮登記の抹消請求について理由三において、「遺言執行者である控訴人は右仮登記手続においては登記義務者となつたのであるが、右仮登記の抹消手続を求めることはできない」と判示し、その請求を棄却した。

しかし、右判断は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があるので原判決は破棄されるべきである。

二、右判断の法令違背の第一は 最高裁判所の判例と相反する判断をしている点である。

最高裁判所の昭和三一年九月一八日第三小法廷の判決(昭和二九年(オ)第八七五号事件)によれば、遺言につき遺言執行者である場合には、遺言に関係ある財産については相続人は処分の権能を失い(民法一〇一三条)、独り遺言執行者のみが遺言に必要な一切の行為をする権利義務を有するのであつて(一〇一二条)遺言執行者はその資格において自己の名を以て他人のために訴訟の当事者となりうるものといわなければならないとされ、相続人は、被相続人の遺言執行者を被告となし、遺言の無効を主張して、相続財産につき持分を有することの確認を求めることができるとされている。つまり、遺言執行者は遺言執行の対象たる相続財産につき排他的な管理処分権を取得することになるのであるから、訴訟における当事者は訴訟物たる権利又は法律関係について右の管理権を有するものでなければならない結果、遺言執行者はその相続財産に関するあらゆる訴訟において、いわゆる決定訴訟担当として、訴訟追行権を有するものである。

原判決は、最高裁判所の判断と相反する判断をなし、その法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄せられるべきである。

三、第二に、仮に遺言執行者が、遺言執行の対象たる相続財産につき排他的な管理処分権を有するとしてもそれは「遺言の執行」ということが前提であり、本件上告人の仮登記の抹消請求について被上告人は当事者適格をもたないとするならば、本件請求は原判決のように「棄却」ではなく「却下」せられることになるであろうし、本件仮登記の抹消請求の原因がなぜ「遺言の執行」に無関係なのかを説明すべきであり、この点に原判決は審理不尽、理由不備の違法を免れないものである。のみならず、理由二の「遺言無効確認請求」と「仮登記の抹消請求」とは、パラレルに考えられるべきであり、前者が「遺言執行」に関係あり、「後者」がないとするならば、さらにその理由を附するべきであり、この点においても理由不備の違法がある。

四、第三に、そもそも遺言執行者は、前記のとおり、相続財産につき相続人の処分機能を喪失させ(民法一〇一三条)、排他的な管理処分権を有する(同法一〇一二条)のであつて、相続人の代理人に定められているものの(同法一〇一五条)、遺贈の目的を相続人がその名義に移した場合遺言執行者は相続人に対して訴訟を提起することができるとされ(大審院昭和一五年二月一三日判決)、遺言執行者がその遺言を執行するため必要があるときは、相続人に対し民事訴訟を提起することができるとされ(大阪高等裁判所昭和三八年一二月二五日決定)、必ずしも遺言執行者即相続人の関係ではなく、一〇一五条は便宜的な規定にすぎず、その実質に従つて遺言執行者は独自の地位と機能を持つものと考えるべきである。つまり、遺言執行者は、民事訴訟法二〇一条二項にいう「他人の為原告又は被告と為りたる者」であつて、その他人とは、相続人の場合もあるし、受遺者その他の利害関係人でもありうることになり、それはひとえに遺言執行者が遺言執行の対象たる相続財産につき排他的な管理処分権を有することの結果に他ならない。遺言執行者がその排他的な管理処分権を失なうのは、遺言執行者たる地位の喪失はもとより、遺言の執行が終了した時と解することになろう。

即ち、遺言執行者の法的地位は自己の名において自己の権利に基づいて、独立に、遺言によつて定められた範囲内で他人の事務を他人の利益において処理する者であるという、いわゆる務説あるいは相続財産につき破産管財人の地位に類以すると考え方が妥当である。前記判例もその趣旨であろう。本件では被上告人は遺言執行者としての地位を喪失しておらず、かつ、上告人に対し訴訟を提起する等明らかに遺言を執行中であるから、被上告人は、相続人からの訴えに対しても被告適格を持つべきである。

逆に相続人から受遺者に対し仮登記の抹消を求めた場合、排他的な管理処分権をあるいは本件仮登記は遺言執行者が作出したことを理由として、その請求を排斥される可能性がある。従つて、遺言が無効であるか否かにかかわらず、遺言執行者は、相続人に対して遺言の執行のためになした仮登記を抹消すべき義務があり、それは不動産登記法二六条の「登記義務者」とは一致しないことになる。この場合の登記義務者は手続的な場合のそれをいうのであつて、申請されている登記が実行されたならばその者の権利がなくなつたり又はなくならなくても小さくなつたりする者であつて、しかも、現在の登記簿上に直接表示されている登記名義人であることを要するとされているが、手続的なそれより、実体的なそれが優先することはいうまでもない。

先ず、無効な遺言を執行中の遺言執行者は、自己の行為の根拠を遡及的に失うことになるのだから、相続人に対し、原状回復の義務即ち、本件でいう仮登記を抹消する義務がある。問題は、遺贈された物件につき相続人が時効取得した場合である。しかし、この場合も遺言執行者の遺言の執行は遡及的にその根拠を失なう点では変るところがない。時効の効力はその起算日に遡るからである(民法一四四条)。よつて、遺言執行者によつて作出された本件仮登記は、その行為の法的根拠を遡及的に失なう結果、違法かつ無効なものであるとの評価を免れないことになる。

逆にいえば、相続人の本件物件に対する占有等は適法なそれになる。そして、自ら違法かつ無効な遺言の執行により作出した実体は、自ら解消すべきであることも、又遺言の執行というべきであろう。本件仮登記を作出した者が被上告人であることは原判決の認めているところであり、それにもかかわらずその仮登記を抹消することについて無関係とした原判決の判示は、右第一、第二、第三点の各点において判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるので、原判決は破棄されるべきである。

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